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  江夏の21球
日時: 2015/08/08 13:35
名前: ゴンベエ



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Re: 江夏の21球 ( No.8 )
日時: 2015/08/08 15:09
名前: ゴンベエ

江夏と衣笠はチームの中でいちばん気の合うチームメイトであった。衣笠には、江夏のやり場のない怒りが、いまにも爆発しそうな風船のように、ふくらんでいくのがわかった。自尊心を傷つけられた江夏は、放っておけばマウンド放棄も辞さないように見えたのである。それどころか、ユニフォームを脱ぐかもしれないと思われた。こいつはヤバイ!

 気配を察した衣笠はマウンドに歩み寄って、いきなりこうささやいた。

「おまえがユニフォームを脱ぐなら、オレも辞めるぞ」

 そのひとことを聞いて江夏は、

「ああ、オレの気持ちをちゃんとわかってくれてるヤツがいる!」

 そう思ったとたん、それまで怒りで爆発しそうになっていた気持ちが、スーッとおさまり、集中力を回復したという。古葉監督に対する不信感と、衣笠に対する感謝の気持ちを、マウンド上の江夏はほんの数十秒の間に味わったことになる。これが問題の江夏―衣笠の立ち話シーンであった。
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Re: 江夏の21球 ( No.9 )
日時: 2015/08/08 15:11
名前: ゴンベエ

古葉監督がそのとき考えていたのは、同点で延長戦に入ったときのことである。日本シリーズでは午後五時半をまわって新しいイニングに入らないという規定がある。そのとき時計の針は四時半をさしていた。まだ時間は十分にある。もし延長戦に入れば、江夏に代打を出すケースもありうる。とすれば、江夏をリリーフする投手の準備をしなくてはならない。古葉監督は当然やるべきこととして、池谷と北別府に投球練習を命じたのである。 古葉監督がそのとき考えていたのは、同点で延長戦に入ったときのことである。日本シリーズでは午後五時半をまわって新しいイニングに入らないという規定がある。そのとき時計の針は四時半をさしていた。まだ時間は十分にある。もし延長戦に入れば、江夏に代打を出すケースもありうる。とすれば、江夏をリリーフする投手の準備をしなくてはならない。古葉監督は当然やるべきこととして、池谷と北別府に投球練習を命じたのである。

 江夏の気持ちはまるで違っていた。江夏にとってこの試合、この9回裏が今シーズンをしめくくる最後の場面なのであった。勝つか負けるかのどちらかしかないと意識されていた。引き分けとか延長とかということは考えもしなかった。これが130試合のペナントレースの1試合だったら、江夏の感情もこれほどまでにたかぶることはなかったであろう。一年のどんづまりのゲーム、という意識が強かった分だけ、古葉監督への不信がつのったのだ。

 この9回裏の二人の気持ちのすれちがいが、シーズンオフの江夏放出、日本ハムの高橋直樹投手とのトレードに発展したのではないかとかんぐりたくなるが、その後、江夏と古葉の二人にたしかめてみると、そんなことはないと二人とも強く否定した。

 しかし、真っ赤に焼けた鉄を打つとき、まじりこんだ異物がそのまま鉄の中に鋳込(いこ)まれて傷痕(きずあと)を残してしまったのではないか、という気持ちもまだ少しある。そのまた一方で、江夏の野球人生の最高場面といってもいいあの「9回裏」は、まさしく高温高圧の溶鉱炉のようなもので、少々の異物など瞬時に蒸発したとも考えられる。決定的瞬間に起こった出来事だけに、ぼく自身はいまもどちらとも決めかねている。

 とにかく江夏は、衣笠の「おまえがユニフォームを脱ぐなら、オレも辞めるぞ」というひとことを耳にして、気持ちが平静になったのである。集中力を回復した江夏は再び打者にたち向かっていく――。

 その話を聞いたとき、「できた」と思った。テレビはロングショット、クローズアップをさまざまな角度から自在に使いこなして、球場で見る以上に野球のシーンを面白く、克明に見せてくれるが、それでもなお見えないものがある。それはプレーヤーの心だ。

 江夏―衣笠の例でいえば、二人が何か話しているシーンは見ることができるのだが、何を話しているのか、二人の心理がどうなっているのかは、テレビには映らないのである。スタンドで見ていても、もちろんわからない。それを取材の仕方――たとえばビデオという武器を使うことによって発掘できる、という確信をそのとき得たのである。

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Re: 江夏の21球 ( No.10 )
日時: 2015/08/08 15:13
名前: ゴンベエ

9回裏の場面をつづける。

 衣笠のひとことで心がスーッとした、という江夏はこんなことを考えた。

「それにしても無死満塁。どう考えてもこっちが不利。たぶん、逆転負けになるだろう。しかし、同じ負けるにしても、四球の押し出し、野手のエラー、ポテン・ヒットなんかで負けたくない。負けるならホームランでもヒットでも火の出るような当りをされて、いさぎよく負けたい。オレはそういう気持ちや。近鉄のバッターよ、おまえらも全力でぶつかってこい! そう思ってあとのバッターに対したんやね」

 これがリリーフ・エースの美学である。自尊心というものである。佐々木は結局、3塁線の惜しいファウルのあと、内角高目のカーブをまたファウル、次は内角低目の直球でボール、最後、内角低目のカーブで空振り三振だった。集中力をとり戻した江夏がのりうつったような力のこもったボールだった。これでワンアウト。
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Re: 江夏の21球 ( No.11 )
日時: 2015/08/08 15:15
名前: ゴンベエ

打席に入った石渡を見て水沼は「明らかに緊張しており、スクイズで来るのは見え見えだった」と証言している。しかも中央大学の後輩でもある石渡に対して、「おい!スクイズやろ!いつしてくるんや?」と、言葉でプレッシャーを与えていたらしい。石渡にスクイズのサインを伝えた仰木は、石渡の背後で食い入るように自分を見つめる水沼の姿を見て、スクイズ失敗を予感したという。まだ一死満塁、近鉄のチャンスは続いている。近鉄の一打サヨナラの場面は依然(いぜん)として続いている。一般的にいえば近鉄有利である。しかしすでに、腹立たしい気持ちが完全にふっきれて無心の状態にある江夏の方が石渡より優位に立っていた。近鉄にほほえみかけていた勝利の女神が江夏と石渡を見くらべ、こんどは広島に顔を向けはじめたのである。
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Re: 江夏の21球 ( No.12 )
日時: 2015/08/08 15:29
名前: ゴンベエ

追いつめられて緊張した石渡は第1球の内角高目のカーブを茫然(ぼうぜん)と見送った。ストライク。第2球にスクイズのサインが出た。石渡はそれを確認した。江夏は2球目、カーブを投げるつもりで投球動作に入ったとき、一塁走者の平野の表情は引きつり、眼は異様なまでにぎらついている。江夏は反射的に「次の2球目でスクイズをしてくる」と感じた。しかし100%ではない。この大一番では1%でも可能性を残したくないものだ。なので江夏は、投球動作をほんのわずかに遅らせ、石渡のを観察した。すると石渡のバットがスーッと動くのを目の端(はし)でとらえた。スクイズだ! いつくるか、いつくるか、と思っていたものが、ついにきたという感じだった。スクイズをはずすには、速い球を外角高目にはずすにかぎる。それが定石(じょうせき)である。しかしこのとき江夏はカーブの握りのまま、投球モーションに入っていた。もはや握りなおすことはできない。そのままの握りで、思い切って外角高目にはずすボールを投げた。石渡が差し出したバットはとまどったように揺れ、空振りにおわった。球はバットの下をくぐり抜けて、水沼捕手のミットに入ったのだから、当てられないような球ではなかった。緊張のあまり、石渡の腕が縮んでいたのだろう。
スクイズ失敗の直後、西本の脳裏には大毎オリオンズ監督時代、大喧嘩の末オーナーの永田雅一に解任された1960年の日本シリーズ(対大洋ホエールズ)第2戦でのスクイズ失敗が過ぎり、「俺はスクイズの神様に見放されているのかなあ…」とつぶやいた、という。
   メンテ
Re: 江夏の21球 ( No.13 )
日時: 2015/08/08 15:30
名前: ゴンベエ

3塁ベースを勢いよく飛び出した藤瀬は、あえなく3本間で挟殺(きょうさつ)された。一瞬にして2アウト、ランナー1、2塁。石渡のカウントは2−0。江夏は完全に優位にたった。打者の石渡はさらにかたくなり、からだ全体が縮んでいくような気がした。3球目の内角低目の直球を、振りおくれ気味に1塁線ファウル。それがやっとだった。江夏にとって9回裏の21球目は内角低目のカーブだった。石渡のバットは空を切った。三振。ついにゲームセットとなって広島の優勝が決まった。
   メンテ
Re: 江夏の21球 ( No.14 )
日時: 2015/08/08 15:35
名前: ゴンベエ

 実はあの日、54年11月4日、江夏はほとんど寝ていなかった。前夜、親友の衣笠と二人で京都へ繰り出し、ドンチャン騒ぎをして朝帰りしていたのだ。大阪では顔を知られていて、人目がうるさい。タクシーを飛ばして京都へ行って羽を伸ばした。
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Re: 江夏の21球 ( No.15 )
日時: 2015/08/08 15:50
名前: ゴンベエ

次は江夏が阪神の伝説的エースから広島で「野球革命」を起こしたクローザーになるまでの道のり
   メンテ
Re: 江夏の21球 ( No.16 )
日時: 2015/08/08 15:55
名前: ゴンベエ

江夏は吉田義男監督から“追放”された。肩を痛めた問題児は必要ないと見放されたのである。江夏は「自分は阪神の江夏」と思ってきた。おまえはいらない、といわれて、なお未練たらしく他チームで野球をやるつもりはなかった。いさぎよく球界から身をひきたいと思った。

 そんなとき、南海の野村克也監督から、突然、一度会って話がしたいと連絡があった。野球をやめるつもりだったから、何の期待も抱かずに、では会うだけは会ってみようと、野村に会った。

 野村はボソボソとした声で、10月1日の広島戦のことを話題にした。

「衣笠の2−3のあとに投げた球、意識してボールを投げたやろ」

 とズバリ指摘した。内心驚いた。ちゃんと見てくれてる人もいる! 野球の指導者に対する不信感が揺らいだのである。このときの野村の慧眼(けいがん)がなかったら、その後の江夏は存在しなかった。昭和51年から南海へ移り、野村のアドバイスをうけて「リリーフ投手」に変身、さらに広島に行ってリリーフの仕事を磨いたのだ。

   メンテ
Re: 江夏の21球 ( No.17 )
日時: 2016/03/02 18:54
名前: ゴンベエ

あげ
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